海外で暮らす日本人をたずねてvol.1@クアラルンプール
世界一周の旅、一カ国目はマレーシア。
クアラルンプールにあるKLセントラル駅からほど近い場所に、バンサー(Bangsar)という住宅地があって、そこに一家で日本から移住された方がいる。この度縁あって、私たちはその方とお会いすることができた。名前は、小倉若葉(おぐらなおよ)さん。
日本人にとって、あまり馴染みがないように思えるこの国へ、なぜ小倉さんは移住したのか。彼女との出会いを通じて、これからの暮らし方について考えてみたい。
小倉 若葉(おぐら なおよ) さん
神奈川県生まれ。2012年12月よりマレーシアの首都クアラルンプールに家族で移住。現在、ほぼ毎月、KL—東京間を往復しながら、育児と仕事を満喫中。
マレーシア在住の日本人と移住を考える日本人のためのコミュニケーションサイト「ワクワク海外移住」主宰。
「デイジー」のニックネームでブログ「クアラルンプール、ときどき東京。」を書いている。
小倉さんが、マレーシアに移住したのは、2012年12月。移住の大きなきっかけは、東日本大震災だったという。震災が起こった当時、小倉さんは東京在住だった。
““私はもともと、東京という街が大好きでした。東京でやりたいことがたくさんあったし、友人もたくさんいたし、離れる気は全然なかった。
でも、震災があって、子ども達のこれからを考えたとき、このまま東京に住み続けようとは思えなかったんです。
震災後一週間で、母の実家がある四国へ移り住みました。四国で生活している間も「この先どうしよう」と絶えず考えていましたね。四国にずっといるのもなんだか違う気がして。もちろん国内の他の土地へ行くという選択肢もありましたが、子ども達のことを一番に考えた末、海外へ移住する決意をしました。””
小倉さんには、ふたりのお子さんがいる。慣れない海外の地へ、我が子を連れていこうと思った理由を小倉さんはこう説明してくれた。
““子ども達には、世界のどこにいても、生きていける力を身につけて欲しいと思っています。10年後、日本を含めて世界がどのようになっているのか、誰にもわかりません。そんな時代をこの子たちは生きていかなければならないんです。肌の色にしても、文化にしても、世界は単一ではなく、多様です。この子たちには、そのことをちゃんと知り、そこに偏見を持たずに生きてほしいと思っています。””
なぜ、小倉さんはマレーシアを移住先に選んだのか。その理由も尋ねてみた。
““理由はいくつかあります。1つは、英語が通じること。2つ目に、日本との往復が比較的容易なこと。今はLCCで安く、気軽に行き来ができます。3つ目に、インターネット環境がちゃんと整っていること。私は、夫とともに、デザインや編集の仕事をしているのですが、仕事柄日本の企業と容量の大きいデータのやりとりがあります。ですから、ちゃんと光回線が通っていて、ストレス無く、インターネットができることは重要でした。そして、4つ目にマレーシアの人々に惹かれたことがあります。マレーシアの人々は、とても子どもに優しいと感じます。例えば、お店で小さな子どもが騒いでも、それを受け入れてくれるような、寛容さがある。ここなら、安心して子どもを育てられると思いました。””
それを聞いて、私たちは、マレーシアへ入国してすぐに見たある場面を思い浮かべた。空港から市内へ向かうシャトルバスに乗ろうと、バス乗り場へ向かったときのことだ。バスの荷物入れへバッグを放り込んでいた男性のもとに、少女が一人近づいてきた。男性はそれに気づくと、その場にしゃがみ、満面の笑みで少女を迎え、彼女の頭を優しくなでた。その光景は、マレーシアへ入国したばかりで不安を感じていた私たち夫婦に、安心感を与えてくれた。
小倉さんの話に、私たちは大きく頷いた。
この先も、小倉さんはマレーシアに住み続けるのだろうか。小倉さんは言う。
““私は、飽きっぽいところがあるので、この先のことは正直わからないですね。でも、今はマレーシアでやりたいことがあるので、しばらくはここに住むと思います。
私は、アートが好きなんです。東京に住んでいたころ、アートをテーマにプロジェクトを立ち上げたこともありました。東京と比べるとクアラルンプールには、まだまだアートが足りないと感じています。だから、世界中のアーティストが集まるような場所を作りたいんです。具体的にはアーティストが集うゲストハウスのようなものを作れたらなと思っています。アーティストには、宿代を無料にする代わりに、現地に住む子ども達と交流してもらったり、宿にお気に入りの本を何冊か寄付してもらったりして、マレーシアのアートを盛り上げるお手伝いをしてほしいですね。
あとはひとりの母親として、子ども達がもっとクリエイティブに遊べる環境を整えてあげたいと考えています。マレーシアは年中温かいし、自然も豊かだから、さぞかし子ども達ものびのび遊んでいるのだろうと思われるかもしれませんが、現状は違います。外には、子ども達の生命を脅かすような虫が多いですし、池や川の近くでは感染症の危険もあります。だから、多くの子どもは、屋内、例えばショッピングセンターの上にある施設などで遊んでいるのが実状です。この状況を改善する必要があると私は考えています。
また、マレーシアに移住したいと考えている日本人のために、正しい情報を発信することも私の役割のひとつかなと思っています。巷では、「マレーシアの物価は3分の1で、日本より生活費がずっと安い」なんて情報も出回っているようですが、それは幻想であり、現実的ではありません。ちゃんとした暮らしがしたければ、マレーシアでもそれなりにお金はかかるんです。シビアなことを言いますが、移住には決意だけでなく仕事もお金も必要です。本当にためになる情報をマレーシアの地からお届けできたらと思っています。””
インタビューの中で、小倉さんは「私は飽きっぽいから」と笑っていたが、彼女の言葉の端々からは確かな芯の強さが感じられた。我が子のことを思い、移住を決意した小倉さん。彼女の行動の根底には、いつも家族への想いがあり、それはこの先も絶対に揺らぐことはないだろう。
““人生は一度きり。人は、自分の好きなことをとことんやっていい!””
マレーシアの地で、飾らない彼女のまっすぐな言葉が、胸に響いた。
written by Shunsuke