ガイドブックに載らない島「Pulau Besar」で見知らぬおじさんについて行った話
その島は、マラッカ海峡に浮かんでいる。
マレーシアには、ペナン島をはじめいくつもの島がある。その多くは、観光地化され、 年中温暖な気候であることも手伝って、国内外から大勢の観光客を集めている。しかし、 その島は、そうではない。島の名前は Pular Besar という。「プラウベサ」と読むのが音として近いらしい。ガイドブックに載っておらず、地元インド系イスラムの人々の間 では「神秘の島」と呼ばれているそうだ。
私たちは 10 月 25 日に Pular Besar へ行った。滞在中のマラッカ市内から、車で無理なく行ける距離にあり、なおかつその島に関する情報がウェブにもほとんどないことが、私たちの興味をそそった。当日は夕方から雷雨になる予報だった。私たちは午前中に宿を出た。
島へ行く方法は、ウンバイのボート乗り場で水上タクシーを利用するか、アンジュンバトゥのフェリー乗り場で定期便を利用するかの2択である。前者は好きな時間に島へ渡れるが、費用が高い。後者はその逆である。私たちは水上タクシーでの移動を考えウンバイへ向かったが、着くとそこは閑散としていた。
近くで魚を売っているおじさんがいた。声をかけると「島へはフェリーで行った方がいい。乗り場はここから1キロ先のところだから、おれが車で送ってやろう」と言われた。私たちは身の危険を感じ、躊躇した。けれどいざ乗ってみればその言葉は本当で、 12時過ぎにはちゃんと乗り場についた。私たちは疑ったことを謝りたくなった。親切で優しい人はどこの国にもいる(因みにこのおじさんは表題のおじさんとは全くの別人である)。
乗り場にあるチケット売り場は閉まっていた。そばに運行表があったので見ると、ちょうど12時に船が出たばかりで、次は 2 時半とある。仕方なく、私たちは近くのベンチへ腰掛けた。野良猫が数匹いた。船を待つ間、私たちは何度も不安げに空を見上げた。乗り場にいる人は、私たち夫婦と2~3名を除いて皆イスラム教徒の出で立ちで、行き先がイスラム教徒にとって、大変に意味を持つ場所であることを感じさせた。定時に船は、やってきた。
島には、エメラルドグリーンのビーチがあった。けれど、ここには、いわゆる賑わいというものがなかった。リゾートホテルも無く、砂浜を水着でかける人もいない。ガイドブックに載らない理由が、すぐに理解できた。時刻はまもなく3時になろうとしていた。船を降りた人々は、思い思いに島を巡り始める。観光地のようなわかり易さがないこの島において頼れるのは、自分の直感ばかりである。
歩き始めて程なく、目線の先に人だかりを見つけた。何かに祈りを捧げている。彼らの前には、横長に盛られた土があり、そこに線香のようなものが数本刺さり、焚かれていた。スカーフを巻いた女性は何かを口ずさみ、男性は瓶に入った液体—酒だろうか、水だろうか—を、土に向かってかけている。近づくと、煙たくて強い匂いが鼻についた。
その場所からさらに行くと、今度は白い大きな建物があった。中からコーランを読む太くて深い声が聞こえた。見ると、白装束をまとった男性の周りに数名の男女が集まっている(その中には、行きの船で一緒だった人もいた)。皆、何かを受け取るような構えで、コーランを読む男性の方を向いている。ここは、祈りの島だと思った。私たちのすぐそばにあるベンチで男性が熱心に教典を読んでいた。
建物の前で、黒服を纏った、ひとりのおじさんと出会った。こちらが挨拶をすると、どこの国の人かと尋ねられた。日本人だと答えると、おじさんは笑って「わたしは日本が好きだよ」と言った。彼は英語が苦手らしかった。コーランを読む声はまだ聞こえている。おじさんは私たちに手招きをすると、木々の茂る方へ歩き始めた。「英語を話せるシンガポール人がいるから会わせてあげよう」と彼は言った。
ここからが、見知らぬおじさんについて行った話になるのだが、それは次回に続きます。
written by Shunsuke